今日(12月24日)、ジャンボ尾崎(さん)が亡くなった。
長嶋茂雄さん同様、昭和に青春時代があった私らの世代には残念なニュースである。
私は年間に4、5回程しかゴルフをしないので、クラブへのこだわりはない。
最初にアイアンクラブのセットを手に入れたのは、40年ほど前のこと。
それが、ブリヂストンのジャンボモデルで、初期のものである。
ジャンボ尾崎の技術的な繊細さがこのクラブには活かされている。
当時全盛期であった、ジャンボ尾崎のモデルなら俺でもそこそこ上手くなるはず!と考えたのは素人の浅はかさ。ソール(球が当たるヘッドの面のところ)が薄く、使いこなすには難しいクラブであった。
しかし、そのクラブのうちピッチングとサンドの2本は今でも使っている。
アプローチには確かな技術と細かなフィーリングを伝えるクラブが必要なのである(!?)
40年前のクラブであってもこの2本に代わるクラブが私にはない。
まあ、滅多にゴルフをしないヘボゴルファーは実際のところ買い替えるほどの余裕がないし、これで十分満足なのだが。
栃木県さくら市にあるジュンクラシックカントリークラブでは、かつては男子のトーナメント「ジーン・サラゼンジュンクラシック」が開催されていた。
そこで初めてジャンボ尾崎のゴルフをみて、プロのゴルファーの技術と飛距離に驚いた。
当時、プロがドライバーで打ったボールは2段階で飛んでいくが、ジャンボのボールは3段階で伸びていく。
グーン、ググッ、グーン、
三段跳びである。
今は、ドライバーのヘッドやシャフトの素材が違うのでこんなボールは見ることができない。パーシモン(木)のヘッドの時代であったからだと思う。
そんな懐かしい時代のことを思い出した。
ジャンボは世界に通用する若手の育成に努めていた。
女子ではそれが叶ったが、男子ではまだまだやりたいことがあったはずなのに。
