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宇都宮市と百人一首

11月26日(水) 宇都宮市街に百人一首探しの散策に出かけた。

 

宇都宮市は百人一首と少し関係がある。正確に言うと、平安時代末期から鎌倉時代に活躍した「宇都宮氏」との縁である。

5代城主宇都宮頼綱は、鎌倉幕府から謀反の疑いをかけられ、身の潔白を証明するため出家(蓮生:れんしょうと改名)し、京都小倉山の別荘に移ります。(宇都宮氏は地方の豪族というだけではなく、京の都に別荘を持つくらいの名家だった。)

この別荘の近くに住んでいたのが藤原定家。その定家と親しくなり、別荘の襖を飾る百人秀歌の選定を依頼したことが百人一首の誕生に繋がることになった。

多少強引ながら、宇都宮市が百人一首のゆかりの地としているのはそんな訳だ。

宇都宮市では百人一首のうち三首をマンホールの図柄にし、3か所に設置している。

前置きが長くなったが、今日はその3か所を巡ってきた。ご褒美があるわけでもなく、単なる物好きで暇人でなければできない街歩きとも言えるが、これはこれでちょっぴり達成感になった。

3首は以下の通り。

1.(持統天皇)はるすぎて夏きにけらし白妙の 衣ほすてふ天の香久山

2.(小野小町)花の色はうつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに

3.(在原業平)ちはやぶる神代もきかず龍田川 からくれないに水くくるとは

さて、矢板市のマスコットキャラクター「ともなりくん」は頼綱の実弟「塩谷朝業」がモデルである。頼綱と朝業の兄弟は歌人としても優れた武将でした。朝業(ともなり)については後の機会に研究発表しようと思う。